教師への道

大学入学直後に特殊教育に対する
資質が無いと思ってしまったことや、
1年前の教育実習を終えて先生になることを
断念していた(*)こともあり、
2回目の聾学校での教育実習へ行く前は
大変、気が重かったのを覚えています。

ただ、教育実習に行かないと卒業はできませんので、
2週間を何とか「凌(しの)ごう」と考えていました。
教育実習に協力して下さるたくさんの方々に対して
大変失礼な話ではありますが、
私の中では「消化試合」のような心境でした。

しかし、逆にその2週間が、自分の至らなさが徹底的に暴かれ、
世間知らずのプライドが完膚(かんぷ)無きまで叩きのめされ、
付属中学校の実習よりも濃厚で意味深いものになろうとは
全く予想していませんでした。

教育実習が始まり、
聾学校の生徒達と対話するようになって戸惑ったのは、
「何を言っているのかほとんどわからない」ということでした。
健常者との対話を考慮し、彼らは学校の中では
手話を使わずに対話していますが、
耳から入ってくる音を「モニター」
とすることができる健常者と違い、
正確に発音することが大変難しいのです。

しかし、2週間も一緒に過ごすと、
その言葉が読み取れるようになっていきました。
「言っていることがだんだん理解できるようになる過程」
というのは、大変な喜びを伴ったものでした。

また、驚いたのは、
彼らがとても「素直で真面目」だったことです。
校長先生は彼らを「愚直一徹」と表現しましたが、
まさにその通り。

例えば掃除。
中学生くらいの男子だと、掃除などは手を抜いたり、
脱走したりするのが多数派でしたが(笑)、
彼らは実に真面目に掃除をしていました。

「自然に耳から入る情報」というものが無く、
彼らが獲得する情報は限定的ですから、
自然に身につける「要領の良さ」とか「小狡さ」
というものも比較的少ないのかも知れません。

そんな、聾学校の「素直で真面目」な生徒に出会い、
早々に教師への道を断念したことを
後悔し始めている自分がいました・・・。

(*)予備校講師誕生物語(22)| 一つの断念
⇒ http://www.lyceum-planta.com/?p=3907

9つの誤解:間違いだらけの“子育て”