海岸を歩く僧

鎌倉時代に広まった禅宗としては、
栄西が開いた臨済宗と道元が開いた曹洞宗が有名です。
どちらも坐禅という修行を行いますが、臨済宗が「公案=こうあん」という
師から与えられる問題(*1)を一つ一つ解決して
悟りに達しようとするのに対し、
曹洞宗はひたすら坐禅する(*2)ことにより
悟りの境地を体得しようとしました。

今回はこの道元に着目して、現代の学びについて考えてみます。

道元の時代には、既に「我々はすでに仏である」という
「本覚(ほんがく)思想」(*3)が一般的でしたが、
彼はこの考え方に大きな疑問を抱きます。
「もともと修行を完成した仏であるなら、
今さら修行する必要があるのだろうか」という疑問です。
そこで、比叡山に学んでいた道元は
鎌倉の建仁寺に栄西を訪ねたりするのですが、
疑問は解けず、ついに宋に渡ることを決意しました。

宋の港に着いた時、道元は、一人の老僧が日本商人から
干椎茸を買い求めている場面に遭遇します。
彼は寺の料理番(典座=てんぞ)だったのですが、
道元は「なぜあなたのような立派な老僧が下働きのようなことをするのか。
そのようなことは若い者にやらせ、あなたは坐禅や仏法の議論を
優先させた方が良いのでは無いか。」と問いました。
すると老僧は大笑いして言ったのです。
「立派なお若い外国のお客人よ、惜しいことに
あなたはまだ修行の何たるかがおわかりになっておらんのお~」(*4)と。

道元はこの老僧に言葉に衝撃を受けます。
当時の日本では、食事の準備や掃除などは修行の妨げになる「雑事」であり、
若い修行僧が行うべきものと考えられていたからです。
道元はこのできごとなどから一つの確信に至ります。
禅者にとって本来雑用など無い。
自己の心が粗雑で、それをいやいやするから雑用になる。
日常のことがら全てが修行なのだという確信です。
永平寺では顔の洗い方、歯の磨き方などがきちんと決められていますが、
「日常の全てが修行だ」という道元の確信が反映されています。(続く)

(*1)
一般には「禅問答」として知られています。

(*2)
ただひたすら坐禅を行うことを「只管打坐(しかんたざ)」と言います。

(*3)
人は誰しも仏性があるだけでなく、
既に悟りを開いた仏であるという考え方。

(*4)
後に道元は『典座教訓』という本を書いています。

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