以前、記事でもご紹介した『わが子を「メシが食える大人」に育てる』の著者である高濱正伸氏にお会いしてきました。
同氏は「野外体験」という既存の塾の枠にはあてはまらないアプローチを通じて子どもの成長を促す「花まる学習会」の代表を努められています。
物腰やわらかに、しかし強い意思を感じられる口調で、お話しいただきました。

高濱正伸さん

高濱正伸(たかはままさのぶ)さん
株式会社こうゆう 代表。
1993年に、「国語力」「数理的思考力」に加え
「野外の体験教室」を指導の柱とする学習教室「花まる学習会」を設立。
今もなお自らが現場の第一線で子ども達と触れ合い、向き合っている。
花まる学習会公式ホームページ
http://www.hanamarugroup.jp/hanamaru/

■我が子をメシが食える大人に育てる

花まる塾を始めて今年で21年目になりますが、
この本は17、8年目の頃、世に出ました。
毎月、お母さん向けのお便りを書いているのですが、
「お便りの文章が良いので是非、本を書いてほしい」
という依頼があって、そこから
テレビや本や何だと怒涛のように依頼がきて。
この本はその流れの中の一冊です。

『子どもをどうにかしたい』と思うと、
一番大きい関数が母親です。
共働きだったとしても、その影響力は
子どもが小さければ小さいほど特に絶大なので、
お母さんへアプローチする本が多くなります。

生物として、子どもの影響力という点で
やはり男は勝てないところがあります。
男がいかに手伝ったとしても、
それは『手伝い』でしかなくて。
もう子どもにとってお母さんは絶対的な存在だから、
そんなお母さんがニコニコしていると子どもは安心するし、
それが一番子どもにとって
良い結果につながっていくと考えています。

高濱正伸さん

■何か試そうと思った時に、どうせ無理とどこか悟ってしまう若者

若者のやる気のなさみたいなものは、
もうずっと蔓延していますね。
今、社員研修の本の依頼もきているのですが、
会社側が一番に悩んでいるのがコミュニケーション能力のなさと
やる気のなさなんです。
でもこのふたつは生命力そのもので、このふたつがないというのは、
非常に危険な状態です。
だからこそ「花まる学習会」で、勉強だけでなく、
それらをどうにかしようと試みているのですが。
今、男の子の生命力が落ちていて、つられての
女の子も巻き込まれている場合が見受けられます。
でも基本的に女の子は強いですね。
男の子で「ママの言う通りにする子」というのは、
ぽきぽき折れていく。

今、ブラック企業だなんだと言って
メディアは取り上げていていますが、
インタビューで「こんなにひどい会社なんです」と訴えている人
の話聞いていると、
正直「僕だったら雇わないなー」っていう人ばっかりな気がします。
もちろん本当にワルな企業ってのも存在することは確かですが、
たいていの会社は精一杯がんばってる人ばかりだと思うんですね。
一番の問題は雇われる側にとにかく生命力がないんですよ。
そういう意味で、根本的に教育を変えないと
大変だなあと思っています。

高濱正伸さん

■教育の本質とは

花まる学習会を始めた頃は3階に塾、
2階には知り合いの精神科のクリニックが入ってくれて
私も相談事を聞いていました。
そこで様々な家庭を見てきました。
家庭内暴力の家ってこんな家なんだとか、
段々入り込んでいって、問題は何なんだろう、
とずっと考えてきました。
27、8年程前に予備校で大学受験生を教えていていたときの
生徒たち(中堅予備校の中くらいのクラス)は、
自分の中で強い印象があります。
もうすごく暗い、おとなしい、言われたことだけをやる、
長男、優しい、パッションがない・・・。
『っしゃあおらあ!って言ってみろ』って言っても
『いや僕はそういうのいいんで・・・』みたいな。
良い子なんです、本当に。
でもこのままで本当にメシが食えるようになるのかな・・
と思う子がそこにはもうたくさんいて。

東大に何人通すか、なんていうのは、
確かに教え子が通ると嬉しいことは嬉しいですが、
十分色んな塾がやっているし、私の最大関心ではありません。
子どもが自立して『メシを食える』ようにすることが
教育の本質だと思っています。
どんな子でも自立させますっていうのが一番大事なことなんだけど、
実際、今の教育はさせていないんですよね。
先生は免許を持ったら離さない、免許を与える大学教授がいる、
それを認める文部科学省が天下り団体を抱えて・・・。
こうした慣習が公教育には立ちはだかってしまっているので、
それを変えるのは塾しかないなと思いました。
まずは塾でモデルを示して、本質さえ追求すれば
応援してくれる人は絶対に出てくる。そう思って今に至りました。

■理解し合い、大人が幸せに。

今の大人って、苦しそうですよね。
子どもから見ると、「今の大人」には、
ちっともなりたくないんです。
例えば、一番端的なのは結婚です。今の子どもたちには、
「結婚ってどうなの?」という雰囲気が流れている気がします。
子どもの教育の奥に見えていたものは、
結婚の「崩壊状態」でした。
昔は結婚出来たら良いな、お嫁さんになりたいなって言ってたけど、
今は結婚なんてしない方が良いんじゃないか、
だって苦しそうだもん大人たち。
そう思っていますよね。大人が幸せになれていないんですよ。

自分が見えている世界観で
他者を見てしまうというのは仕方のないことですが、
その「他者性」っていうのは簡単だけど、
本当に分厚い壁だなと思います。
それが夫婦というユニットでそもそも
ちっともうまくいっていない夫婦が多い。
元々子どもへの思いというのは両者すごいものを持っているから
一応形式は整っているんだけれども、子どもから見ると
お母さんもお父さんも何か幸せそうじゃないんですよね。

異性へのイマジネーションが足りないのだと思います。
育ちの文化の激突もあるけれども、
男女はそもそもが全く違うから、とことんわからなくて、
想像になる。
僕の書いた本に『夫は犬だと思えばいい。 』というものが
あるんだけど、「犬」というワードを使う理由はここなんです。
犬がお腹出して恥ずかしいって、人間は思わないじゃないですか。
犬はこんなもんだろうって思いますよね。
その『こんなもんだ』っていうのが大事なんです。
良い意味で、男ってこんなもんだって思えばいいんだけど、
ついついなんでそんなことするの!?と思ってしまう。

男性と女性は、得意分野が違うからいいんです。
女性は子どものことを24時間心配できるし、
子どもの半径何センチしか見えなくなってしまう。
だからこそちょっとした違いも敏感に察知できるし、
「あ、今寒くなってきたけど大丈夫かな」っていう
お母さんのその思いが子どもを健やかに育てていくし、
健康で命を永らえるんだと思うんです。

一方で、男性は割とざっくりしています。
例えばサマースクールに行くときも、
四六時中心配するお母さんとは対照的に、
お父さんは子どもを朝6時にバスに乗り込んだら
明後日の16時半に降りてくるっていう考え方。
でも物事を深堀りできて、
遠くを見通すことができる良さがあります。
その2人だから良いんですよね。
ビジョンが違うし、見えてるものが違う。
こうしてお互いの良さで寄り添っていくことができたら、
子どもにとっても良い作用が生まれるのではないかと思います。
うーん、これで一冊本書こうかな(笑)。

高濱正伸さん

■「いじめ」とどう向き合っていくか

人間が3人集まって、仲良しを通り越せば、
必ずいじめのようなものは起こります。
ちょっと意地悪を言って、やめてよーみたいな関係性。
仲良しと感じているお互いにとってはいいのですが、
それでも本人が言われたらすごく嫌なことがいくつかあって、
そうすると、もういじめ状態なんです。
亡くなってる子どもの事例を見ても、
やっている側は「軽く」やっている感じなんですよね。
人が集まればそのようなことは必然的に起こってしまうんです。
それどころか、社会に出たら
いじめ以上に苦しいことが待っていますよね。
「あなたにはメシを食わせません」みたいなことを
言われることだってある。つまり、リストラだったりだとか。

トラブル体験や葛藤体験、失敗体験とか、
もう周りが敵としか思えない状態みたいなものに直面するとか、
そういう経験をすることも
学校に行く意義であると思うんだけれども、
いじめの事件化によってどこか除菌主義になっていますよね。
この世にはいじめなんて存在させない、
みたいな嘘をメディアも先生も必死になって唱えている。

仮に除菌主義でいじめがなくなったとしたら、
いよいよ学校卒業と同時に引きこもりの子どもしか
出てこなくなってしまうんではないかと思います。
今「バランス」が欠けているのではないかと思います。

事件化して煽り立てて、
この教育委員会はひどいと思いません?と乗っかってきて、
瞬間的に騒いで忘れる。これの繰り返しなんですよね。
これでは根本の解決にはなりません。

子どもに「トラブル体験」や「葛藤体験」をさせないこと
というのは、教育の本質ではありません。
そのような体験に直面した時に、
乗り越えていける力を身につけてあげ、
そして、時にはサポートしてあげる。
それが本来は教育の一環であり、
社会に出て苦しいことに出会った時にも
乗り越える力に繋がっていくのだと思います。

高濱正伸さんと

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